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うつ病とは?
うつ病とは?
心は,本質的には要素に分解できるものではなく,他人の心の評価は,科学の要求する客観性には到達できない。精神症状を記述するためには,意識,知覚,感情,意欲,思考というように,心あるいは体験をいくつかの要素(側面)に分けて評価し,各要素を再構築して,各要素を再構築することで把握している。人間の心はモザイクではなく,精神症候学には限界がある。また,精神疾患と神経疾患,一般身体疾患,心の悩み,性格の個人差には境界領域が存在し,正常,異常を二分することはできず,生理的な反応あるいは個人差から精神疾患までの間は連続体として存在する。
ゆううつだからといって,かならずしもうつ病のゆううつとは限らない。うつ病は「知•情•意」の障害と「体の症状」が生じる。
抑うつ気分を訴えるときには「落ち込んでいる」「すっきりしない」「うっとうしい」「ゆううつ」「重苦しい」などと表現される。しかし,これらの表現ではいわゆる病的な抑うつと正常範囲内のゆううつ感や悲哀感との質的な差は識別されにくい。うつ病における抑うつ気分は,生気感情の低下と表現されるように,身体感覚と密着したものであり,重症化すれば「ゆううつ」というよりも,感情がわかず,つらいだけと訴えられる(悲哀不能)。うつ病者の気分の異質性はこの悲哀不能と悲哀感の表裏一体性である(DSM-IVの○1 憂うつな気分と○2興味,喜びの減退に相当する)。
したがって,抑うつ気分が目立たない場合でも,身体的訴えや疲れやすさが前景にくることがある。
実際,身体症状がうつ病の初期症状をなすことが少なくなく,身体症状は多彩で,うつ病に特異的なものはないが,不眠,疲労や倦怠感,食欲不振,口渇,頭痛,めまい などがある。
シュナイダーは感情を快あるいは不快として直接感じられる心の状態とし,感情を感覚と結びついた快•不快(身体感情),心に感じる快•不快(心的感情)に分けているが,うつ病の場合も身体感情が前景に立つことがある(仮面うつ病)。
現在,うつ病といえばDSM-IVの大うつ病のことをさすが,身体症状が前景に立つと身体表現性障害に操作的に分類されてしまうのが問題点である。
抑うつ気分と並んで精神運動性の抑制は,抑うつ状態の中核であり,正常範囲の悲哀との鑑別点として重視される。「頭が働かない」「何をするのもおっくう」「決断できない」などと訴えられるが,抑うつ気分と比べると,他覚的にも認められやすい。一方,焦燥感はほぼ全例に認められる。
この精神運動制止と焦燥を別々のものと列記するのではなく,組み合わせると,患者は「おっくうなのにいらいらしている」であるという逆説性が存する。
このわかりやすい症状を必須項目とせず,正常範囲の悲哀反応と区別がつきにくい抑うつ気分をDSMの診断の必須とすることによって,うつ病概念の拡散につながっている可能性がある。
さらにうつ状態が悪化すると,妄想に発展することもある。悲観的,絶望的,虚無的なものが多い。「取り返しのつかない過ちを犯した」という妄想(罪業妄想),「病気が重く,生きていらない」(心気妄想),「お金がないので生活できない」(貧困妄想)が生じる。
一方,「自分がいなくなって迷惑をかけている」「取り返しのつかないことした」という訴えには,世界の罪を一身のしょいこみ,自分がいないとだめになるというという誇大性にぶつかることもある(微少と誇大の逆説性)。
これらが一体となってうつ病の「うつ」を形成する。
DSM-IVの大うつ病の概念は仮の分類である。それは精神疾患が病理学を基盤とした医学には達していないからである。しかし,このような仮の診断基準が設けられたのは,必要だからである。DSMができる前の精神医学において,一定の診断基準がなく,医師によって診断がまちまちだったからである。

ゆううつだからといって,かならずしもうつ病のゆううつとは限らない。うつ病は「知•情•意」の障害と「体の症状」が生じる。
抑うつ気分を訴えるときには「落ち込んでいる」「すっきりしない」「うっとうしい」「ゆううつ」「重苦しい」などと表現される。しかし,これらの表現ではいわゆる病的な抑うつと正常範囲内のゆううつ感や悲哀感との質的な差は識別されにくい。うつ病における抑うつ気分は,生気感情の低下と表現されるように,身体感覚と密着したものであり,重症化すれば「ゆううつ」というよりも,感情がわかず,つらいだけと訴えられる(悲哀不能)。うつ病者の気分の異質性はこの悲哀不能と悲哀感の表裏一体性である(DSM-IVの○1 憂うつな気分と○2興味,喜びの減退に相当する)。
したがって,抑うつ気分が目立たない場合でも,身体的訴えや疲れやすさが前景にくることがある。
実際,身体症状がうつ病の初期症状をなすことが少なくなく,身体症状は多彩で,うつ病に特異的なものはないが,不眠,疲労や倦怠感,食欲不振,口渇,頭痛,めまい などがある。
シュナイダーは感情を快あるいは不快として直接感じられる心の状態とし,感情を感覚と結びついた快•不快(身体感情),心に感じる快•不快(心的感情)に分けているが,うつ病の場合も身体感情が前景に立つことがある(仮面うつ病)。
現在,うつ病といえばDSM-IVの大うつ病のことをさすが,身体症状が前景に立つと身体表現性障害に操作的に分類されてしまうのが問題点である。
抑うつ気分と並んで精神運動性の抑制は,抑うつ状態の中核であり,正常範囲の悲哀との鑑別点として重視される。「頭が働かない」「何をするのもおっくう」「決断できない」などと訴えられるが,抑うつ気分と比べると,他覚的にも認められやすい。一方,焦燥感はほぼ全例に認められる。
この精神運動制止と焦燥を別々のものと列記するのではなく,組み合わせると,患者は「おっくうなのにいらいらしている」であるという逆説性が存する。
このわかりやすい症状を必須項目とせず,正常範囲の悲哀反応と区別がつきにくい抑うつ気分をDSMの診断の必須とすることによって,うつ病概念の拡散につながっている可能性がある。
さらにうつ状態が悪化すると,妄想に発展することもある。悲観的,絶望的,虚無的なものが多い。「取り返しのつかない過ちを犯した」という妄想(罪業妄想),「病気が重く,生きていらない」(心気妄想),「お金がないので生活できない」(貧困妄想)が生じる。
一方,「自分がいなくなって迷惑をかけている」「取り返しのつかないことした」という訴えには,世界の罪を一身のしょいこみ,自分がいないとだめになるというという誇大性にぶつかることもある(微少と誇大の逆説性)。
これらが一体となってうつ病の「うつ」を形成する。
DSM-IVの大うつ病の概念は仮の分類である。それは精神疾患が病理学を基盤とした医学には達していないからである。しかし,このような仮の診断基準が設けられたのは,必要だからである。DSMができる前の精神医学において,一定の診断基準がなく,医師によって診断がまちまちだったからである。


